東日本大震災

投稿者: Hyperdoll 投稿日:

その日、不眠症と朝方発生したサーバーのアラートメールによってほとんど一睡もできなかったため、午後からの出社だった。

14:15ごろ会社到着。
喫煙所で業務の話しを終え、机に座って仕事の準備をしていたところ、14:50ごろ地震発生。

『あ、揺れてるね〜』

って言ってる間に、どんどん揺れが激しくなり、普段体感している震度3〜4を超えた揺れになってきた。
窓や壁がきしむ音がする。
どんどん激しく揺れ始めたため、社員に避難指示を。

社員が全員事務所から出て、最後に出ようとしたとき、入口近くに置いてある棚が激しく揺れ、複合機のプリンターが落ちそうになる。
下に降ろそうにも一人で抱えられる重さではない。
入口近くにいた社員に手伝ってもらい、急いで床に降ろし避難。

外に出てビル下から少し離れたところに退避。
しばらく様子を見てると再び激しい揺れが…。
すぐ横を走ってる高速道路からも停車指示が流れている。

幸い窓ガラスが割れたりして上から降ってくる。ような事態もなく、全員怪我もなくてよかった。
小一時間様子を見てとりあえず荷物を取りに一回事務所へ戻る。
各自簡単な片付けだけをして、PCをシャットダウンし、もし次に大きな揺れが発生しても被害を抑えられるよう落ちそうなものを片付けて戸締りをして再度外へ。

コンビニで飲み物を人数分買い、持たせる。
なにかあった場合、あるとないとでは大違い。

一時避難と合わせて、今回の避難で各自家族や同居してる人と連絡を取らせて安否報告と確認を行う。
携帯がつながりにくくなってるのでつながらない人は災害伝言板やTwitter、mixiで確認していた。
16:30すぎ、余震の心配もあるし家族の心配もあるということで臨時退社命令として社長命令が発令。各自を帰宅させる。

幸い、社長やわたしは歩いて帰れる距離なので全員に帰宅したらメールなりで報告するように指示を出して解散。
18:00すぎにカミさんのお義父さんの家のそばを通るので様子をみに寄ってみる。
チャイムを鳴らすが反応がない…。

カミさんにメールで聞いてみたところ、渋谷に出かけていたそうだ。
足が弱いので心配だが、家の中でなにか倒れてきたもので怪我をしてるのでは?と心配だったが外にいたとなればとりあえず安心。

家に着くとだれもいない。
家の中はとくに散らかっておらず、危惧していた食器棚や棚の上のテレビが落ちるということはなかったようである。

カミさんと娘は近所に買い出しに行っていた。
とりあえず水など夕飯の買い出しを兼ねて非常時用に買い物を済ませてきてくれていた。
これで家族全員無事に怪我もなくそろったわけである。

家で地震速報のテレビやHPを確認しながら社員全員の帰宅報告を待つ。

その間、幾度となく揺れを感じた。
少しでも大きそうな場合は玄関先に家族を集め外に出れるように伝えた。

20時過ぎ比較的近いところに住む社員から帰宅報告があった。
問題は西東京方面から着ている人たちである。
なんせ電車が全面的にとまっているため歩くしかない。
何時間かかるのだろう?と心配しながら待つことしかできない。

途中報告があり休憩をはさみつつ全員無事に歩いているとのこと。

徐々に在来線の復旧ニュースが流れる。
社員メーリングリストを使って都度鉄道復旧ニュースを流す。

神奈川方面から着てる人も一時は下北沢で休んでいたが無事に地元に着いたと報告あり。

西東京組も途中、復旧した西武線に乗り徐々に家に着き、最後26時ごろ一番遠方の社員も家に着いたと報告があった。

本当にお疲れ様ですといった感じである。

その後も地震速報をチェックし続け、揺れがあるたびにヒヤヒヤした夜を過ごした。

まだ油断できる状況ではないが、今回の体験を教訓として家族、社員に対しての災害対応方法を再確認しようと思う。

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